
「今日は何もしないで休もう!」
そう決めたのに、いざ休んでみると落ち着かない・・・
「こんなことしていていいのかな」、「時間を無駄にしている気がする」、「みんなは何かしているのに」、「まだできることがあるのに」、そんな考えが浮かんで、結局また何かを始めてしまう。
そんなことはありませんか?
休むことに罪悪感を感じると、「自分は休むのが下手なのかな」と思うかもしれません。
でも、大切なのは、「どうすれば上手に休めるか」だけではありません。
まず、「私は休んでいるとき、何を悪いことだと思っているんだろう?」と考えてみることです。
休むことへの罪悪感には、「怠けていると思われそう」、「役に立っていない感じがする」、「時間を無駄にしている気がする」、「まだ何かできるのに、やっていない」など、いろいろな考えが隠れていることがあります。
そこが分かると、ただ「休んでもいいよ」と自分に言い聞かせるより、自分に合った見直し方が見つけやすくなります。
「休んでいること」より「休んでいる自分」が気になっていませんか?
休むことに罪悪感を感じるとき、
実際には、横になっていること、テレビを見ていること、何もせずぼんやりしていることなど、その行い自体が問題でないこともあります。
むしろ、「何もしていない自分をどう見ているか」が気になっていることがあります。
「怠けている」、「役に立っていない」、「時間を無駄にしている」、「もっとできるはずなのに」そんな評価を、自分にしていないでしょうか?
もしそうなら、問題は「休み方」ではなく、休んでいる自分への評価の仕方、かもしれません。
そこで、「休んでいる自分に、私はどんな意味をつけている?」と考えてみましょう。
「何かしている時間」だけを価値のある時間にしていないか
仕事をした、家事をした、人の役に立った、用事を済ませた、何かを終えた。
こういう時間は、「今日はちゃんと過ごした」と感じやすいものです。
一方で、昼寝をした、ぼんやりした、テレビを見た、何もしなかった。
という時間は、「何も生み出していない」と感じることがあります。
でも、一日のすべての時間を、成果があるかどうか、だけで評価する必要はありません。
食事もそうです、睡眠もそうです。
何も生み出していなくても、生活には必要です。
休息も、「何かを達成する時間」とは違う役割を持っています。
厚生労働省「こころの耳」でも、セルフケアとして、自分の心身の状態に気づき、リラクセーションや睡眠など自分に合った方法を取り入れることが紹介されています。
だから、「この時間に何を生み出した?」ではなく、「この時間は何のために使っている?」と考えてみてもよいでしょう。
「まだできるのに休む」が悪いことになっていないか
休めないとき、「もう動けないほど疲れているわけじゃない」、「まだできることがある」と思うことがあります。
すると、限界になるまで休んではいけない、ような基準になってしまいます。
でも、「まだできる」と、「今やったほうがいい」は同じではありません。
今日できることでも、明日でよいことがあります。
今やれることでも、今やる必要のないことがあります。
そこで、「今できる?」ではなく、「今やる必要がある?」と聞いてみましょう。
これは、前の記事で扱った「頑張る量を調整する」という話ともつながりますが、今回はもう一歩違います。
ここで見たいのは、「できるのにやらないこと」への後ろめたさです。
「休むなら、何か有意義なことをしなきゃ」になっていませんか?

せっかくの休日だから、散歩しよう、読書しよう、運動しよう、片づけよう、趣味を楽しもう、こうしたこと自体は悪くありません。
でも、「せっかく休みなんだから、有意義に過ごさなきゃ」となると、休みの日にも新しい課題が生まれてしまいます。
そして夜になると、「何もしないまま一日が終わった」と落ち込む。
これでは、休みの日まで評価の対象になってしまいます。
休日には、「充実していたか」だけではなく、「少しでも負担が減ったか」という見方もあっていいでしょう。
何もしなかった一日が、そのときの自分に必要だったなら、それも一つの過ごし方です。
「休むこと」に理由を求めすぎていないか
「今日は疲れているから休む」、「体調が悪いから休む」、「明日忙しいから休む」など、理由があれば、休みやすい。
でも、特別な理由がない日に休もうとすると、「こんなことで休んでいいのかな」と思ってしまう。
そんなこともあるのではないでしょうか?
しかし、休息は、限界になったときだけ使うものではありません。
疲れ切る前に休む、予定と予定の間に休む、忙しい日が続いたあとに休む。
特に理由がなくても、何もしない時間を作る、ということも大切なことです。
「休む理由」を毎回証明しなくても構いません。
「今日は休むと決めた」それだけでも、一つの理由です。
誰かと比べて「自分だけ休んでいる」と感じていませんか?
休日にSNSを見ている人、旅行している人、勉強している人、運動している人、仕事を頑張っている人、を見ると、「自分だけ何もしていない」と感じることがあります。
でも、見えているのは、その人の一部分です。
その人が前日に休んでいたかもしれない、平日に疲れていたかもしれない、家事を人に任せているかもしれない、翌日は何もしないかもしれない・・・
そこまでは分かりません。
だから、他人の活動している瞬間と、自分の休んでいる瞬間を比べない、ことも大切です。
比べるなら、「今の自分には何が必要?」です。
「休んだら遅れる」と感じていませんか?
休むことに罪悪感を感じる背景には、止まったら置いていかれそう、という不安があることもあります。
仕事、勉強、家事、趣味、人間関係・・・
何かを続けていると、一日休むだけでも、「遅れる」、「せっかく続けてきたのに」と感じることもあります。
でも、一日休んだことと、全部やめたことは同じではありません。
今日やらない、今週は少し減らす、一度予定を見直す、という選択もあります。
そこで、「休んだら、本当に何が起きる?」と具体的に考えてみましょう。
少し遅れる、明日に回る、予定を組み直す必要がある、そのくらいなら、対応できることもあります。
逆に、本当に困ることがあるなら、そこだけ対応してから休むという方法もあります。
「休むか、全部やるか」の二択にしなくてもよいのです。
「誰かに迷惑をかけるから休めない」場合は分けて考える

家族の世話、介護、育児、仕事、人手が足りない職場・・・
こうした状況では、自分が休むと誰かに負担がかかることがあります。
この場合、「罪悪感は考えすぎだから気にしなくていい」とは言えません。
実際に役割や責任があるからです。
ただ、「誰かに負担がかかる」と「自分は休んではいけない」は同じではありません。
役割を分担できないか、時間を変えられないか、一部だけ誰かに頼めないか、利用できるサービスはないか、仕事量を相談できないかなど、「休む気持ちを変える」以外の方法を探したほうがよい場合もあります。
休めない環境まで、自分の性格の問題にしないことも大切です。
休んでいるのに頭の中では仕事を続けていませんか?
ソファに座っていても、「あれをやらなきゃ」、「明日はどうしよう」、「忘れていることはないかな」と考え続けている。
体は止まっているのに、頭の中では予定や心配事が続いていることがあります。
現行記事でもこの点には触れていますが、ここは残す価値があります。
そんなときは、無理に「何も考えない」としなくても構いません。
思いついたことをメモする、明日考える時間を決める、今すぐ必要なことだけ確認する。
そして、「今日これ以上考えて、何か新しい答えが出る?」と聞いてみましょう。
今考えても答えが出ないことなら、「明日の自分に渡す」という区切り方もあります。
罪悪感が出ても、すぐ消そうとしなくていい
休もうとすると罪悪感が出てくる。
すると、「こんな気持ちになるなら、休まないほうが楽」となることがあります。
でも、休んだ瞬間に気持ちよくなれるとは限りません。
「これでいいのかな」と思いながら休むこともあります。
ここでは、罪悪感がなくなってから休もうとしないことが大切です。
少し罪悪感がある、でも今日は30分休む。
作業が残っている、でも予定どおり今日はここで終える。
という選択もあります。
目標は、「休んでも何も感じない人になること」ではありません。
罪悪感があっても、その感情だけで全部の行動を決めないことです。
「休んでもいい」と言い聞かせるより、実際に確かめてみる
「休んでも大丈夫」と頭では分かっていても、気持ちがついてこないことがあります。
その場合は、少しだけ試してみましょう。
30分だけ何もしない、夕食後の家事を一つ明日に回す、休日の午前中だけ予定を入れない、連絡の返信を少しあとにする。
そして、「実際に何が起きた?」を確認します。
大きな問題は起きなかった、少し不安だったけれど大丈夫だった、思ったより疲れていたことに気づいた。
逆に、この部分は先に済ませたほうが落ち着いた。
その結果を冷静に感じ取って、大きな問題が起こらなかったかを考えてみる。
大きな問題があったとしたら、これからはそれを優先してあとは休むという選択ができます。
大切なのは、「休んだら悪いことが起きる」という予想と、実際に起きたことを分けることです。
「休むことへの罪悪感」と「ちゃんとしなきゃ」は少し違う

この二つは似ています。
でも、中心になる悩みは違います。
「ちゃんとしなきゃ」は、仕事や家事などで、どこまでやれば十分なのか分からず、自分に高い基準を課してしまう
悩みです。
一方、休むことへの罪悪感は、やることが終わっていても、何もしていない自分に落ち着かなさや後ろめたさを感じる悩みです。
たとえば、「掃除は完璧にしなければ」なら、基準の問題。
「掃除は終わったのに、座っていると怠けている気がする」なら、休むことへの罪悪感に近いでしょう。
似ているようでも、「何がつらいのか」を分けると、見直すところも変わります。
「休むことへの罪悪感」が強くなった時期も振り返ってみる
以前からそうだったのか、仕事が忙しくなってからなのか、役割が増えてからなのか、誰かに頼られるようになってからなのか、失敗したあとからなのか、生活に余裕がなくなってからなのか、退職や環境の変化などで、時間の使い方が変わってからなのか。
時期を振り返ると、「休むこと」そのものではなく、最近の環境や役割の変化、が関係していることがあります。
強い罪悪感や心身の不調が続いているなら相談を

「休むと少し申し訳ない」という気持ちだけで、病気だと判断することはできません。
ただ、休んでいるだけで強い自己嫌悪になる、何をしても「自分は役に立っていない」と感じる、強い罪悪感が続いている、気分の落ち込みが続いている、眠れない、食欲が変わった、何をしても楽しめない、疲れが強く、日常生活に影響している。
といった状態が重なっている場合には、「自分は休むのが苦手なだけ」と決めつけないことも大切です。
NCNPの認知行動療法マップでも、強い罪悪感は、ほかの症状とともにこころの不調の一部として現れる場合があることが紹介されています。
また、厚生労働省「こころの耳」では、自分で解決しにくい悩みや不調が長引く場合には、専門家へ相談することが案内されています。
そんなときは、「休んでいると強い罪悪感があって、落ち着かない」と、相談してみてください。
まとめ|「休んでいい?」ではなく「なぜ休むと悪い気がする?」と考えてみよう
休むことに罪悪感を感じると、「もっと上手に休まなきゃ」、「気にせず休めるようにならなきゃ」と思うことがあります。
でも、その前に、「私は、休んでいると何が悪いように感じるんだろう?」と考えてみましょう。
怠けていると思うのか、役に立っていないと感じるのか、時間を無駄にしている気がするのか、まだできるのに、やっていないことが気になるのか、誰かに迷惑をかけている気がするのか、周りに置いていかれそうなのか・・・
そこが分かれば、対処も変わります。
予定を減らす、誰かに頼む、休む時間を先に決める。
「今できる?」ではなく「今やる必要がある?」と考える。
小さく休んで、実際に何が起きたか確かめる。
罪悪感が少し残っていても、予定どおり休んでみる。
目指すのは、何もしないことに何も感じなくなることではありません。
必要なことをするときはする。
休むと決めたときは、多少落ち着かなくても休む。
そして、「何かしている自分」だけで、自分の一日を評価しない。
休むことに罪悪感が出てきたら・・・
「休んでいいのかな?」ではなく、
「私は、なぜ休むと悪い気がするんだろう?」と一度聞いてみてください。